クリムト

1862年生まれ。愛、エロス、死をテーマに世紀末的気分の妖艶な女性像の絵画を多く描く。その過激な題材は初め「ポルノグラフィ」と非難される。1897年、35歳の時に仲間とともに反体制の芸術家組織「ウィーン分離派」を結成、初代会長となる。以後は、ウィーンのブルジョア階級の夫人や令嬢の肖像を多く描き、好評を得た。1918年、死去。享年55。